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おじいちゃん、おばあちゃんとの想い出

コラム

私の父は岩手県宮古市出身。
私は東京で生まれ育ちましたが、年に1度、お盆に帰る場所でした。

父の運転で家族4人、車で帰るのですが、お盆の渋滞はかなり激しく、20時間以上かかるのが普通でした。
祖父は私が生まれる前に亡くなっていたのであったことがありませんが、毎年お墓参りに行ってしました。
そしてそのお墓の前で幼い私が、

  “じぃちゃんが呼んでる”

と言ったそうです。全く覚えていないのですが。

祖母はそれを聞いてお墓に向かって激怒し、それから私も変なことは言わなくなったそうです。
子供が大好きだったという祖父。 9人兄弟の末っ子である父の子供がかわいくて声を掛けたのでしょうね。
一緒にお墓参りに行っていた私の姉には聞こえなかったそうです。

私がそんなにかわいい子だったのでしょうか?(笑

私の中の“おじいちゃん”の想い出はこれだけ。でも忘れられません。
写真で見た顔も覚えていないのに。

“おばあちゃん”との想い出は言葉が通じないで困ったこと、でした。
私は東京で生まれ育ったので、宮古の方言が全くわからないのです。
祖母はNHKの標準語の放送を見ていて通じるのに、私には日本語を話してくれないのはなぜ?と疑問を持っていました。

いつもニコニコと笑顔の祖母。でも言葉が通じない祖母。
好きだけれどもどうしたらよいかがわからず、二人きりになるのを避けていました。
通訳してくれる父は年に1度の帰郷ですので、友達と飲みに行ってしまうのです。
そんな想い出がある祖母は、私が高校生の時に他界しました。

その後私も忙しくなったことで宮古に帰る事はなくなり、その後、父が他界。
2011年には皆さんご存じの通り、東日本大震災の津波で私の親族の多くが流されてしまいました。

浄土ヶ浜という美しい海、水深100m以上でも底が見える地底湖を持つ龍泉洞、美味しいウニ、のどかな三陸鉄道。
懐かしく思い出します。

もう少し、祖母と話ができていたらな、と今更反省。

私の父は9人兄弟の末っ子。叔父達の家系で宮古のお墓を継承してくれているのですが、もし父が長男だったらどうなっていたのでしょうか?

祖父、祖母が好きだった宮古の海が見えるお墓も良いのですが、お墓参りも殆ど行けない場所では困ってしまいますね。

同じような状況になっているお墓が日本ではかなり多くなっているのではないでしょうか。
墓じまいをして東京に移す、というのも1つの手ですが、そうすると次の世代を東京に縛ってしまうことになりかねません。

生まれ育った町で就職し、その町で死んでいくという時代ではないのです。

私たち徳禅庵の納骨堂転葬サービスは、何度でも引っ越し可能なお墓です。

祖父母と殆ど接点がなかった、ましてや会ったこともない祖父に対しても孫は想いを持ち続けるものです。

次世代、その次の世代へとつないでいく、絆ストリーム。

次の世代の人たちが無理をせず、イヤな思いをせずに絆をつないでいくために、現在のお墓は引っ越し可能とすべきと私たちは考えます。

ご両親のお墓のこと、自分のお墓のこと。

そして自分の子供や孫たちのことを考えて、この引っ越し可能なお墓を1度検討してみませんか?